話す相手を間違えると、
「なにそれ?」
「だからどうした」
でシラッと終わってしまうような話ってあるでしょう。
ニッチな話、マニアックな話。
本を読んですごいことに気がついて、
こちらは熱量を持って語りたいけど、
話す相手を間違えると、
こちらの熱量に反比例するように
お寒い話で終わってしまうようなこと。
最近、日本の近代建築史にハマって、いくつか読んだ。
明治から昭和にかけての日本の話で、歴史家の方々がいくつか纏めて本にしている。
僕が読んだものは年代順に、こんなところ。
稲垣栄三:日本の近代建築ーその成立過程・上下
村松貞次郎:日本近代建築の歴史
藤森照信:日本の近代建築・上下
日埜直彦:日本近現代建築の歴史ー明治維新から現代まで
この中で、勝手にランキンングをつけちゃって、
稲垣さんの本が圧倒的に面白くて1位
村松さんのはイマイチだったので、4位にしてしまった。
ただ、この話、わかってもらえる人がいない。
わかってもらえないというか、
稲垣さんってだれ?で終わってしまう話で、ましてやこの本を全て読んで、その歴史観の違いを熱く語り合える人なんて、建築界にもそうそういない。
最近話題のAIにも聞いてみたが、期待する答えは返ってこない。
というわけで、誰にも話せず、もんもんとしていた。
先日、内田祥士先生にお会いした時、この話をしてみた。
内田先生は、一通り聞いたのち、さらっと、
「あ、確かに、村松さんのは軽いからね〜」
「でも、稲垣さんの、ちょっと唯物史観が強すぎじゃないか?」
これを聞いただけだが、
う〜ん、わかってらっしゃる!
こんな的確で、こんな短い言葉で、
ワタシのもんもんとした気持ちを晴らしてくれた内田先生に感謝、でした。
